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第55回 ダジャレ連呼のオヤジ 「ねーえ、どんなにヤなオヤジでも、億単位のお金のためならエッチする?」、などというテーマ(?)になったことがあります。 3億ならオーケー、とか、1億でもいいわ、という声があがる。いーえ、私はダメね。10億もらったってしないわ。と断言した人もいました。私ならどうするか? 10億もらってもねー、使いかたがわからない。ビンボー暮らしに慣れたので、きっと、アブク銭同様となることでしょう。ギャンブルかなんかで、一夜にしてなくしたりするみたい…。 まあね、「10億でエッチ」とプロポーズされる懸念もないでしょう。もっとリアルなことを空想しようではありませんか。 1、2週とも、結局はキライなオヤジの外見枚挙となってしまいました。でも、よくよく考えると、目につくことなんて、次第に慣れてくるのかもしれません。別の表現をするなら、修正だって可能。ハゲのオヤジにはカツラがあるし、小指の長ツメは切らせればいいんだから。ポルシェを処分させることもできるし、ミサンガだってはずさせちゃえ。 しかるに、どうしても変えられないものって確実に存在する。いい例が、ユーモアのセンス。これ、国民性に加え、持って生まれたものが関与する気がしてなりません。 私にとっての真に「いいオトコ」とは、ユーモアのセンスにあふれたオヤジ。逆もまたしかり、なんですね。ユーモアを解さない、発しないオヤジはダメ。親ならいたしかたがないとして(私の父、ユーモアにうとい…)、オトモダチにはなりたくない。さらにodio(オーディオ=憎悪)なのが、ダジャレの類しか言わないオヤジ。いるじゃないですか、今だに。「あ、それ、座布団一枚、ね」なーんてぬかすオヤジ。生き恥をさらしている、とすら思えてしまいます。 幸い、イタリア人のダジャレ発言は皆無に等しい。ユーモアにあふれてるオヤジが多いので助かります。だから17年近くも暮らしているのでしょうね、きっと。 (c) タカコ・半沢・メロジー
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