第50回 再び亀を求めてクロアチアへ

始めてクロアチアへ「亀旅」に出た8年後のことです。我が家のメス亀が、何者かに盗まれました。庭中、網をめぐらせているため、逃げたのではないでしょう。近所でも亀ドロボーが続いているので、盗まれたに違いありません。甲羅の色、模様がそれは美しく、気だてのいい陸亀でした。

その日からです。パートナーであるオス亀の食欲がダウンし始めました。いつもは走り寄ってパクつく好物のスイカやトマトも、ほんの少ししか口にしません。なんだか、愛妻に先立たれた夫のような風情です。ひどく哀れ…。胸が痛むのみでした。
かくなるうえは、同種、同サイズを求め、またクロアチアへ行かなくては! 時は‘98。今度は内戦の終わった直後です。
不穏な様は内戦直前より明確。国境では執拗なチェックを強いられて旧ユーゴ入り。前回、亀を求めた地まで行ったものの、バイトの少年は見かけません。さらに南下してもダメ。荒涼とした地が続き、砂簿頃が舞うのみです。あきらめながら、土地の人に尋ねてみました。すると、「あの農家を訪れてみろ」と指さします。近くの貧農でした。
そこはなんと亀“工場”! 小さな囲いの中に、陸亀がゴチャゴチャ。何百匹も重なりあっているではありませんか! どうやら、貧しい農民の生活の糧として飼われている様子。海外からやってくる旅行者に売って、日々の暮らしの足しにしているようです。
なんとも複雑な心境になった私。お金を払い、逃げるように亀と立ち去りました。オス、メス各3匹ずつ求めたのです。

内戦の跡も痛々しいクロアチアで数々のトラブルに遭遇しつつ、なんとかイタリア戻り。亀たちを庭に放しました。すると、8年前に求めた亀が差別行為。「難民」扱いして、新参者を寄せつけません。ヤレヤレ。亀の世界も人間と変わりなし。仲よくさせるのに10日間ぐらいかかったものです。

(c) タカコ・半沢・メロジー 
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