第3回
“権利”と“義務”を意識する


――自分より立場が上の人間に対して進言・提案をできる公式な場所を確保する。

それだけでも、労働組合の必要性はかなり大きいことだと思う。

「今、長引く不況の中、自分自身年令に関係なくいつリストラされるか分からない時代にあって、恐くて会社に要求なんてできないのが、ごくふつうの感覚ですよ。それでも感じている不満はガマンするしかないなんて、そんな理不尽なハナシはないと思いますよ」と佐藤さんは語る。

しかし、この辺りからある疑問が湧いてきた。
佐藤さんの話を聞いている限りでは、労働組合は労働者にとっていいことずくめのはず。
それなのに何故、労働組合はこんなにも存在が薄れ、少なくなり、元気がなくなってしまったのだろうか…。

「その辺りが実に残念な部分なのですが、組合員のすべてが自分達の力で、賃金アップをめざし、職場環境や待遇改善のために前向きに頑張っている…というわけではないのが、組合の問題点であり、現実なんです。
組合員にさえなっていれば、自分自身で頑張らずとも、労働組合の執行部が頑張ってくれて“給料”もあがるし、有休も増えるかもしれないし…という他力本願的な発想をする組合員が少なくありません。つまり、労働組合への無関心な人が年々増えているという現象ですね。
実際、各組合には選挙によって選ばれた委員長、副委員長、書記長、執行委員といった役員がいて頑張っているのですが、執行部と組合員との間では意識や活動にかなりの温度差があるのが現状です。ですから、執行部の人たちは経営側と組合員との板ばさみのような状態になって苦労している人も少なくありません」。

「その温度差は、両者の立場や意識の差から発生しているものでしょう。一般的にいって、組合員は要求が通らなければ駄目な労働組合という烙印を押したがる。しかし、要求するにはその裏付けが必要なわけで、例えばいくら賃上げを要求したところで、会社の経営状態が悪ければベースアップなんてできない。職場で働く組合員の目には、労使交渉の結論だけが結果で、中長期の物事を捉えてもらえないということがあります。賃金が上がった下がったという明確な運動の成果が見えにくくなった今、権利と義務の関係も捉えにくくなっているのではと考えています」。

「私は、情報労連のなかの広報・教育を担当し、活動家の育成や新聞・雑誌などの印刷物を発行していますが、このような組合員の意識の底上げが大きな使命といえるでしょう。
誰かが、誰かを頼っているようでは、正しい姿とは言いがたいものがあります。それを見過ごして来てしまったことが、労働組合の現状を招いている一因といえると思っています。
ひとり一人が自分の足で歩かなければいけないのです。そうなってこそ、仲間が作れて力を合わせて何かを変えることにつながっていくんですよ。
でも、なかなか難しいですね…」。

「でもこの考え方は、決して理想論ではないんですよ。ヨーロッパなどの労働組合は、企業単位ではなく、業種単位で組合が成立している。たとえば、印刷屋さんは印刷の組合に加入する。それぞれが自分の仕事、賃金に納得し誇りを持っているから成立しえるのでしょう。
この考え方は、今の日本の大企業神話を覆すものだと思います。所属している会社の規模によって賃金が決まるのではなく、やれる仕事によって賃金が決まる。働く場所が大切なのではなく、どんな仕事をするかが大切だということ。これこそあるべき姿だと思いますね。入った企業によって、人生まで左右される日本って窮屈ですよね」。

次週に続く

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