葛 藤  本音と建前

小林浩二氏は、この会社の組合の副委員長を務めていた。
従業員の雇用を守る組合の代表。今回のように会社が解散するとなったら、組合は組合員のために次の職場の斡旋をしなければならない。組合幹部の人間は東奔西走することになる。

「会社の解散を聞いた組合員達は、会社に対しては何も要求しませんでした。でも私達組合幹部は、次の職場を探してくれ! と要求されました。それもあって、とりあえず是が非でも、組合員全員の次の職場を探し、提供すること。それが一番大きな仕事になりました」。

この印刷会社、実にのんびりした職場であることは、小林氏の話からも窺い知ることができる。
残業もなく、転属の心配もなく、給料も年齢給なので毎年、確実に昇給した。上から仕事のことでプレッシャーをかけられることもなく、毎日確実に同じ仕事をこなしていればそれでよかったのである。

「自分がどれだけ仕事をしたから、これだけの給料を取れる。これだけしか仕事をしていないのに、この給料を貰っていいのか? なんて疑問は感じない人ばかりでした。まさに、“気持ちのいいぬるま湯” に浸っているような人間ばかり。それどころか、ぬるま湯に浸っていることさえ、気が付いていなかったんじゃないかな」。

「ほんの少しでも、危機感や焦りがあれば、自分で次の仕事を探そうとしますでしょう。そんな動きはまったくなかったですから」。

そんな人たちのために、彼は睡眠時間を削ってまで、あるいは個人的な人間関係を頼ってまでも彼らの次の職場を探した。
その結果、再就職を希望する全員の職場を確保した。この事実は今の社会状況を考えると並大抵のことではない。
それだけの結果を出すまで責任を果たす。そこには、どんな葛藤があったのだろう。
「葛藤なんてありませんよ。彼らの職場斡旋をするのは、小林個人ではなく、組合の副委員長という立場の小林ですから。
そこで、私個人の感情を押さえられなかったら、とてもじゃないけれどできませんからね。
そういう割り切り。それだけです」。

いとも簡単に言ってのけた。
これだけしっかりと割り切ることができるのは、彼らと自分の間には、何の共通点も見出していないからかもしれない。
始めから相手を理解しようとする行為を放棄しているとでも言うのだろうか。
これだけの割り切りをつけることができるからこそ、経営側と従業員の間に立つ組合幹部の立場をこなせたように思う。

あくまでも、その渦中には入らず、1歩も2歩も離れたところから状況を観察し、折り合う点を探す。その冷静さは習得しようと思っても、なかなかできることではない。
「ええ、私はずるいですから(笑)。
でもね、人と交渉する立場にある場合は、熱くなってしまっては負けなんです」。


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