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第1幕 「スポンジボールって手品、ご存知ですか」
「僕ね、小学校3年生のときに横浜の土曜学校に通っていたんです。そう、教会でやっているあれです。毎週通うのがすごく楽しみでね。いえいえ、その学校が楽しかったのではなくて、その通学路の途中に横浜島屋があったんです。そこの5階のマジックの実演コーナーに行くのが好きで好きで…。当時は脱出で有名だった初代の引田天功さんが実演していたんです。楽しかったなぁ。時々学校なんて行かないで、ずーっとそこにいたりして」。
ダーク広和氏。職業マジシャン。この10月に東京・中野のホールでプロマジシャン20周年リサイタルを開催した。現在は社団法人日本奇術協会の理事を務めるほどのベテランマジシャン。
「スポンジボールって手品ご存知ですか? 今でもけっこう好きな手品なんですが、えっと、今日はスポンジがないから……あ。このティッシュでいいや」。と2枚のティッシュを取り、丸める。
「ひとつは僕が持っていますから、ひとつ握っていてくださいね。ね!ふたりでひとつづつ持ちましたよね。じゃあ、その手を開いてください」。
この間2、3秒。私の手の中には2つの丸めたティッシュがあった。
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「これをスポンジのボールでやるんです。これがマジックにはまったきっかけ。それから1年、毎週1回必ず通いつづけました。マジックに興味を持つ方は、僕みたいな入り方をする方が割に多いんですよ」。
「それから、ちょっとアクシデントがあって土曜学校に通えなくなったんです。さみしかったなぁ。土曜学校に行かれなくなったことが寂しいんじゃなくって、高島屋にいかれなくなったことがショックでね。
で、仕方がないので本を読み始めたんです、マジックの本を。それで本に載っている手品の道具や仕掛けを自分で作って遊んでいましたね」。
「小学校の5年生の時には、地元の敬老会なんかで手品を披露していました。……受けなかったですねぇ。だって、やった手品が“火をつけた蝋燭をいきなり食べる”というマニアックなものでしたから」。
「友達に見せたりし始めたのは、中学を卒業してからです。当時はラジオを組み立てたりすりことが大人気でしたから、友達と会えばそんな話ばっかりでしたもの。中学を卒業して、高校生の時、マジックのサークルを作ったんです。5人で。年齢も離れている方たちでした。その頃からですね。本格的にお客さんの前で手品を披露するようになったのは」。
軽妙な口調のためか、仕事として、マジックで生きていこうと固い決心を固めた特別なきっかけがあったわけではない様子。ただ、小さい頃目の前で“マジック”という不思議体験をした少年が、その楽しさを抱えたまま大人になったような、まるでインタビューそのものがマジックであるかのような印象だった。
●●Information●●●●●●●●
ダーク広和さんご自身が作られているホームページがあります。
ダーク広和さんをもっと知りたい方、マジックに興味がある方、ぜひ一度アクセスしてください。サイト上でのマジックも楽しめます。
http://www.dark-h.com/
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