大 詰 素顔で生きる

20歳のときに芸者の世界に入り7年が経つやよい姉さん。同じ芸者さんの仲のよかったお友達数人がここ1年くらいの間に芸者を辞めた。体を壊したり、結婚したり、転職したり…。結局、やよい姉さんだけが芸者を続けている。

「本気で芸者を辞めようと思ったことはまだありません。かといってこの仕事が心底好きだから10年先もずっと芸者でいたい。なんて、そんな確固とした信念みたいなものなんかも全然ないんです。周期的にもう辞めようかな、なんて思う時期もあって、実際に求人情報誌を買ったりしますもの」。

芸者の仕事をしていて一番つらいことを聞いてみた。
「そうですねぇ。えーっと、何でしょう。……身体の具合が悪くても絶対に休めないことかな。私も人間ですから、明日具合が悪くなるなんて分かるわけがないでしょう。でも、どんなに体調が悪くても、当日のお休みは絶対にできません」。
「でもこんなことは、どんなお仕事の方でも一緒ですよね。芸者だからって特別なことってあまりないんですよ」。

「お姉さん方の中には、“プライベートな時間の顔”と“お座敷での顔”とまったく違う方もいます。普通でしたらお会いすることなんてないような、大企業の方や作家の先生方のお相手をするのですから、“地”を隠して仕事の顔を作ることは当然ですよね。
でも、私はこのままなんです。2つの顔を使い分けるほど器用じゃないですから。だからあまりストレスみたいなものも感じないで済むんでしょうか。
それから、私は“緊張感”が好きなんです。年明け1月の1か月間は、日本髪を結って、黒紋付を着て、お化粧も日本人形のように白塗りのお化粧という正装をしてお座敷に出ます。やっぱり黒紋付は特別の緊張感があって好きですね。お酒なんか、普段よりたくさん飲めるんです。飲んでも緊張感があるから酔ったりしたことはないですよ」。

「7年経って最近、やっとお客様に名前と顔を覚えていただけるようになってきて。嬉しいですね。お座敷では本当に様々な方にお会いできますし、芸者っていい仕事だと思いますよ」
「あまり先のこととかは全然考えないですから、将来の夢って特にないんです。小唄を上手くなりたいな。小唄の名前が取れるように。
結婚? 結婚ねぇ。考えたことないですね。結婚するよりお稽古をして、小唄の名前を取ることの方がいいなぁ。芸者は、定年もなければ、終わりもないですから、すべて自分次第なんです。芸に精進して、いつでも少しづつでも前に進んでいかれることの方が私にとっては魅力的なことですね」。

“芸者”という特殊な仕事をしているやよい姉さんに、“芸者という仕事”について色々な質問をしても、遂に最後まで特別な答えは返ってこなかった。それはやよい姉さんにとって、“芸者”というのは仕事ではなく、芸者は“生き方”だからなのだろう。
やよい姉さんの中で、“古”と“現在”が、微妙なバランスで共存している。それはまさに現代社会の中の“芸者”という職業そのもののポジショニングに似ている。
特別な生き方をできる人はそんなにはいない。
現在の流れの中で日常生活のルールに法り、常識的に生きる。その基盤の上で自分にとって大切なものや、目指す方向を見失わずに毎日を過ごすことがどういうことなのか。
常に自然体でいられるやよい姉さんの姿に、仕事をする現代女性の強さを教えてもらったような気がした。