二段目 芸者の世界の価値観

“芸者”という仕事は、かなり特殊な職種。コンパニオンのようにお酒の席の“花”であればよいわけではない。芸を披露できなくてはいけない。それができて初めて芸者である。やよい姉さんは、日本舞踊と小唄を稽古している。

「芸事に関してはとにかく上手くなりたいですね。何のために上手くなりたいのかは、自分でもよく解らないけれど。でも、芸事の精進は終わりがないじゃないですか。正直、ときどきお稽古が面倒くさいなって思うときもあります。それでも他のお姉さんの芸や、踊りの会、小唄の会で上手い方をみると、刺激されちゃうんですね。あぁ、あんなには上手くはなれないだろうケド、私もお稽古しよう!と」
「お座敷で、突然お客様に余興をリクエストされることがありますでしょう。それもお客様が、僕が小唄を歌うから、君が踊ってくれなんていうことがあるんです。そういう時って、私はまだ、これとこれならできますと、私のレパートリーにお客様が合わせるんです。とんでもないですよね。芸達者な大きいお姉さん(先輩の芸者さん)の中には、何でもできる方がいらっしゃいますからね。やっぱりそういうのがかっこいいですよ。そんな風になりたくて、だからお稽古を続けているのかもしれませんね」

その世界を知らない人間の思い込みでしかないのだろうが、芸者さんの世界というのはもっと、古風な世界であろうと思っていた。しかもお座敷では、お客様が絶対で、すべてをお客様に合わせなければいけないと。しかし彼女達も現代を過ごす、ごく普通の女性なのだ。意思ははっきりと伝える。その上で、お客様が楽しめるようにする。冷静に考えればあたりまえのことであるが、でも想像していたよりずっと現代の様子がそこにあった。

「でもね、やっぱり古い世界なんですよ。大きいお姉さんに対して、でもとか、それはとか、そんなことは絶対に言えません。それはすべてが言い訳になってしまうんです。大きいお姉さんに口答えするなんてとんでもない話です。
それから芸者になったからには、旦那さんを見つけて月々のお手当てをいただいて、着物なんかもみんな買ってもらって、ビルのひとつでも貰えないとウソよ。なんておっしゃるご年配の方もいます。いまどき、どんな人がビルなんて買ってくれるんでしょうね」。
確かに世間的な印象は、旦那さんがいて、着物なんかいっぱい買ってくれて、お手当ても出してくれて優雅に暮らすというイメージがある。
「私が芸者を続けている理由にひとつに借金の返済があるんです。着物のために使ったお金です。私は旦那さんを持ちたいとは思わないので、着物もすべて自分で買います。新しいものを買うことだけにお金がかかるのではなく、洗い張りなどの着物のメンテナンスも含めて、着物にかかるお金が毎月結構かかります。20代OLの方のお給料くらいかな。でも、私たちにとっては必要なものですから、仕方ないですね」。

芸者さんの1か月の収入というのはどのくらいのものなのだろうか。着物にかかるお金だけで20代OLさんの1か月分のお給料くらいが必要であるとしたら…。

「私が見習いさんで入って最初の1週間分として、いただいたお金が15万円。それはビックリしました。だってその前まで私がもらっていた1か月分のお給料と同じ額を、たった1週間働いただけでいただけたのですもの。心の中で“ラッキー!”って叫んでましたね。でもね、それだけ稼ぐためには出費も伴うんです。着物にかかるだけでなく、お稽古のお月謝、看板料、踊りや小唄の会があればそれなりにいろいろありますし。確かに月々手元に入る金額は大きいものだと思いますが、結局は地味な生活をしています。
……本当は、夢や楽しさを感じてもらう仕事をしているのに、こんな現実的な話をしちゃいけないですね」。

「でも、やっぱり私はきれいでありたいと思っています。外見のことだけではなくて、所作や考え方、そして芸者として。そのためにはお稽古も必要ですし、着物にお金がかかることも必要。毎日何にも考えないでなんとなく暮らしていますけれど、きれいであるように努める気持ちだけは忘れたくないですね」。
静かに、ひょうひょうと話すやよい姉さんの表情の中に、ほんの少しだけ執着が覗いたように感じた。