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Chapter 4 革命やってます
独立してからというもの、新たなサロンのオープン、代官山への移転と、やろうと思ったことを次々と実現してきた村瀬さんである。しかし、それだけのことをするのに、もちろん何もかもがスムーズであったわけではない。
石巻のサロンのことでは、心労から体調をくずして入院することもあった。
「東京と地方では美容師の意識の違いがあったんです。僕は東京の中央でしか現場に立ったことがなかったのですが、そういう美容室でやってきて僕が当たり前だと思っていたことが、異常みたいな感じでしたね。当初は」。
石巻のスタッフには、まず技術的な面で、どんなヘアスタイルが流行っても揺らぐことのない基礎を徹底して教えた。また年々進化するパーマ液やカラーリング剤の使い方を教えながら、なぜそうした新しい製品が必要なのか、髪、健康のことも絡めて話していった。
「でも多くの場合、自分で何か練習したり、研究するための時間やエネルギーを費やす努力がないんですね。いいヘアスタイルをつくりたいとか、いい仕事をしたいっていう意識が感じられない。100教えられたら100覚えられる人はいないと思うんです。だから教えられただけで満足しちゃうという考え方は甘い。ダメなんです。言われたことを言われた通りにすらできない」
髪の毛の話や健康の話まで気持ちが至ることもない。まして村瀬さんが直接は言葉で教えられない部分、たとえばお客さんを思いやるというようなマインドなど、感じとることもできない。
「東京の中央の人たちが流行をつくって、地方の人たちはそれをマネするだけ、という感覚が強固なのだなと感じました。僕は東京も地方もなく高い意識、それから流行のヘアスタイルを見るだけではないもっともっと広い視野を持ってやっていこうよ、と思ってたんですけど」。
理想と現実はかけ離れていた。
「だけど僕は、人に考えを押し付けるのって好きじゃないんです。でもわかってほしいし、またどうすればわかってもらえるのか、その方法はわからずで、ジレンマに陥ってた」
だが、オープンして5年。今はいい状況ができたという。
「自分の考えを理解してもらう前に、まず相手を理解するようにしたんです。相手のことがわかれば、自分はどう伝えればいいのかわかるのじゃないかと。そうしたら、時間をかけながらも変わっていったんです。高い意識にはついて来られず、辞めていった人たちもいますが。
途中、やっぱり地域の風潮に合わせた方がいいのかと思ったこともあるのですけど、それではそもそも僕が人を育てる意味がどこかに行ってしまう。理想を貫いてよかった。今はどこに行ってでもやれそうな気がします」。
「石巻のサロンは、いずれ今のスタッフに完全に任せるつもりです。できればあと2、3年でそういう状態をつくろうと考えています」。
村瀬さんはまた次の展開をはじめようとしている。新たにカラーリング専門のサロンをつくろうと構想中である。
「人が色から受ける影響って強いですよね。だから、その人を“いい意識”に変えてあげられる色をより専門的なかたちで提供していこうということが一つにはあります。ヘアスタイルの考え方と基本的には一緒なんですけど、気持ちをつくる要素として、これからは色が大きな役割を持っていくだろうなと思って」。
カラーリングはさほど特別なことではなくなってきた今、すでに専門店もあることはある。ただし村瀬さんがつくろうとしているサロンは既存の専門店とは少し違う。
「カラーリングした髪って時間が経つと、色が明るく変わってしまうんです。それは乾燥によって髪の毛に空洞ができるせいなんですね。空洞が光に照らされると透けて見え、色も明るく見える。だからその空洞を埋めるようなケアをすれば色は元に戻るんですね。またカラーリングでは、薬を浸透させるためにある程度キューティクルを弱くしているので、キューティクルを再生させないで放っておくと髪の乾燥が進むということもあります。
そういう部分でのアフターフォーローまできちんとしていきたい。やりっぱなしではなくて。そこまで保証できる美容室は僕の知っている範囲だとないですから。そこまでお客さんのことを思える美容室が1軒ぐらいあってもいいじゃないかとも思うし、そこまで考えようよ美容師はってこともあります」。
このカラーリング専門サロンの場所はまだ決めていないそうだ。
「新たにサロンをつくるには、もう一つ理由があります。
石巻に続いて、もっともっと美容師を育てていきたいんですよ。だから次の場所は僕が動ける範囲で、石巻とは違う地域でということになるでしょうね。新たな所でやった方が、広がりがありますから。
僕だっていつかは引退しますからね。その時にバトンを渡せる美容師をたくさん育てていきたいんです。プロ意識があって、人を思いやれて、健康とは何かがわかっている美容師を。そんな美容師が増えれば、心身の充実した人も増えて、世の中すら変わってくるかもしれないですよ」。
ちょっとした革命をやっているのだと村瀬さんは言っていた。
「一番最後は、高原でペンションをつくって、シャンプーだけをする美容師になりたいんですよ。心底リラックスしてもらえて、体調も整えてもらってっていうような。
それまでは、革命やって暴れてますけどね」。
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